NHKスペシャル 空海の風景

作家司馬遼太郎自身が、自作の中でも特に思い入れが深かったと語った作品に、「空海の風景〈上〉」「空海の風景〈下〉」があります。これらは1970年代の初めに書かれ、その後30年以上を経た今もなお、司馬遼太郎や歴史小説の愛好者に読み継がれている名作です。作品はタイトルの通り、日本が生んだ天才である空海の生涯を描いたもので、空海の人間像に迫る大作となっています。

弘法大師空海は、唐においてインド伝来の密教の第八代正統後継者となり日本において真言宗の開祖となった宗教家としての偉業のみならず、「弘法も筆の誤り」などの慣用句にも見られるような類い希な書家としての一面や、当時世界の最先端だった唐の都人を感嘆させた詩歌の才能、そして寺院の建築や溜池の造営などで見せた土木建築技術者としての才能などを持ち、さらには四国遍路に見られるような「同行二人」といった深い信仰にも支えられており、もはや半神の超人のように今に語り継がれています。しかしこの「空海の風景〈上〉」「空海の風景〈下〉」では、その天才性を紐解くかのように、人間としての空海の成長が描き出されていきます。

その「空海の風景」が2002年、2回連続の「NHKスペシャル 空海の風景」として映像化されました。この番組の中では、空海の足跡を映像でたどるだけでなく、今に生きる弘法大師信仰の姿も描かれており、その舞台は日本国内だけでなく中国にも及んでいます。現在の中国においても、空海は偉大な宗教家として、また偉大な書家として、そして偉大な文章家・詩人として信奉されており、現世利益を願う中国の民衆の信仰の対象になっています。

空海の入定から1200年の月日が流れ、空海が唐から日本に持ち帰った密教は中国では姿を消してしまいました。現在の中国において、密教を志す青年層たちが、高野山の僧侶たちに教えを乞うている様子なども映像に修められています。空海の密教は、1200年の時を経て、今度は日本から中国に伝えられようとしているのです。こうした風景は、司馬遼太郎による小説「空海の風景〈上〉」「空海の風景〈下〉」では描かれなかったもので、NHK スペシャルの取材班によって綿密に取材され、小説を補完し、現在に息づく弘法大師信仰の姿を垣間見せることによって、原作により深みを持たせています。

そして、「NHKスペシャル 空海の風景」の取材風景や成立の経緯をまとめた「『空海の風景』を旅する」という文庫本が、NHK 取材班によって中公文庫から出版されています。讃岐、奈良、室戸、福建、長安、博多、東寺、高野山、そして空海が実際に訪れることはなかったにも関わらず空海伝説が今も生きている陸奥に至るまで、映像にはならなかった数々の取材エピソードがちりばめられており、DVD の副読本としても、また小説の副読本としても秀逸な出来です。何かと世間を騒がせている NHK ですが、コンテンツの制作力は非常に高く、運営上の様々な批判とは別に、NHK が生み出すコンテンツは正当に評価されるべきだと僕は思います。

空海関連の書籍で僕のいちばんのおすすめは、空海の詩文と高野山の美しい風景写真を組み合わせた出色の一冊である「空海 言葉の輝き」なのですが、日本人であれば、自国が生んだ歴史上稀に見る世界的な天才(その偉業の数々を見れば、ダ・ビンチをも凌ぐと僕は考えています)である空海について、いくらかの知識を持っていて損はないと思います。日本人の誇りとして、個々で紹介したそれぞれに目を通しておくことをお勧めします。

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