宝林山 聖徳寺
宝林山 聖徳寺は住宅地の細い路地の奥にあり、土地勘がない限り、カーナビなどがあっても自動車でのアクセスはかなり困難です。すぐ隣には浄福寺という寺があり、これを目印に行くと見つかります。下の写真は、聖徳... 続きを読む
現在位置: メイン > 霊場巡礼・札所巡り > 和泉西国三十三所霊場 >
和泉西国三十三所霊場は、全国に数多くあるローカルな三十三所観音霊場の一つで、大阪府南部の泉州地域の観音霊場です。その歴史は、和泉西国会の資料によると、「泉州三十三所」「当国三十三所」として史料に見られる江戸時代の貞享年間(1684〜1687年)にさかのぼるといいます。300年余りという霊場の歴史は、天変地異や時の政治による圧力、戦火や失火、そして盗難などの災難によって札所に激しい変貌をもたらしているものの、泉州の民衆の中でしたたかに生き残ってきた観音信仰の霊場です。
宝林山 聖徳寺は住宅地の細い路地の奥にあり、土地勘がない限り、カーナビなどがあっても自動車でのアクセスはかなり困難です。すぐ隣には浄福寺という寺があり、これを目印に行くと見つかります。下の写真は、聖徳... 続きを読む
市舒山 宝国寺は、浄土宗知恩院の末寺だそうで、この日は運悪く寺の人と檀家の人々が連れ立って知恩院を参拝に行く日だということで、一度目の訪問時には無人でした。しかし、数時間後に再訪してみると、おばあちゃ... 続きを読む
霊芝山 長命寺は、住宅地の中、黒鳥第四町会の地車車庫の正面の路地のような参道を入ったところにあります。寺域は決して狭くはないのですが、住宅に囲まれ、路地の奥にあるため、この寺を探すのはなかなか難しい立... 続きを読む
この瑞龍山 観音寺では、訪問した際に運良く奥さんが出てこられて、すんなりとお堂の中に上げていただいて拝観することができました。外観の少し荒れた雰囲気は残念ですが、お堂(といっても民家のようなモルタル外... 続きを読む
この乳岡山 念佛寺は浄土宗大本山百万遍智恩寺の末寺で、本尊には阿弥陀如来座像をまつっています。この寺はもともとは乳岡古墳の上にあったそうですが、1980年(昭和55年)に乳岡古墳の発掘調査のために現地... 続きを読む
この竜興山 南宗寺は、沢庵宗彭(沢庵和尚)や茶人の武野紹鴎や千利休ゆかりの寺で、堺市内では随一の名刹として知られています。また、徳川家康にまつわる伝説もあり、驚いたことに「徳川家康の墓」と伝えられてい... 続きを読む
この神栄山 長谷寺は、堺の旧市街地である宿院に位置していて、泉西国霊場の加盟寺院の中では僕の自宅から一番目か二番目に近いお寺です。もう一年以上も前のことになりますが、この和泉西国霊場の巡礼を発願したと... 続きを読む
大井堰御坊 慈眼院に訪れると、二十数年に一度という何か大きい法要の準備中だとかで、境内を参詣できないというタイミングの悪さだったのですが、それでも外から参拝しました。 ... 続きを読む
和泉西国霊場の第二十七番、珀谷山 大楽院 吉祥園寺は、住宅地の路地の奥にあり、案内の看板を見つけたものの、そのまま車で進入してよいものか躊躇するほどの道の狭さでしたが、思い切って入ってみると路地の奥に... 続きを読む
和泉西国霊場の第二十六番札所であり、新西国霊場の第四番札所でもある龍谷山 水間寺は、葛城山から流れてくる近木川とその支流の秬谷川が合流する場所で、この地形は水間と呼ばれ、「水間寺」という寺号はこの地形... 続きを読む
和泉西国霊場の第二十五番、慈眼山 孝恩寺は国宝の釘無堂(釘を使っていない建物)を始め、寺内には平安期の作といわれる重要文化財の仏像などが多数保管されているそうです。写真はその釘無堂です。 ... 続きを読む
和泉西国霊場の第二十四番、海見山 成願寺は小さなお寺ですが、立ち寄った際に何か大きい法要の休憩時間の最中だったらしく、建物の中ではたくさんの人が食事中でした。食事をお邪魔しつつ参詣させていただきました... 続きを読む
和泉西国霊場の第二十二番、大慈山 朝光寺は、先ほどの久米田寺で案内を受けた通り無人でしたが、建て替えられて真新しい状態で、廃寺になるのではなく単に無住なだけだということがわかりました。 ... 続きを読む
和泉西国霊場の第二十三番、竜臥山 久米田寺は、行基による開山で、山門の前にある灌漑池の久米田池もまた行基が築いたものだそうです。堂々たる大伽藍で、和泉西国の霊場の中でも最大規模のお寺の一つです。 ... 続きを読む
和泉西国霊場の第五番、休所山 森光寺は、開基不詳、かつては松室寺と呼ばれたこともあったそうです。里の寺といった風情のこぢんまりとしたお寺です。 ... 続きを読む
和泉西国霊場の第五番、補陀洛山 放光寺は、役行者が開山、行基菩薩が中興し、二十余坊を持つ大伽藍だったそうですが、現在ではすっかりこぢんまりとしたお寺になっていました。小さいながらもとても感じの良いお寺... 続きを読む
和泉西国霊場の第八番、岩室山観音院は、山門や本堂の内部に飾られている干支の戌にちなんだ切り絵(高野山から毎年送られてくるそうです)が印象的でした。開基は行基菩薩で以前は「巌室山 極楽寺」と号していたも... 続きを読む
和泉西国霊場の第六番、放光山 来迎寺は、かつては大庭寺と呼ばれていたそうで、今も山門には「大庭寺観音堂」と書かれた石柱が立っています。建物は築10年程度で、露出している木材以外は真新しい雰囲気です。 ... 続きを読む
和泉西国霊場の第七番、普陀山 海岸寺(海岸禅寺)は、札所には珍しい黄檗宗のお寺で、中国風の禅の雰囲気あふれるお寺でした。山門からして日本のお寺の雰囲気とはちょっと違います。 ... 続きを読む
大阪府南部に住んでいて、吉野方面に顧客がいたりすると、葛城や吉野がとても身近な感じになってきます。すると自然な流れとして役行者に興味が湧いてきたりもします。これまでも役行者ゆかりの地には頻繁に足を運ん... 続きを読む
僕が行ったときには、夕方になっていたこともあり門は閉ざされていたのですが、庭仕事をしていた奥さんがウロウロしている僕の車に気付き、門を開けてくれて、無事参拝することができました。 ... 続きを読む
寺伝によると飛鳥時代に池辺直氷田(いけべのあたいひた)という人物が、推古天皇の叔父である蘇我馬子から仏像二体を授けられ、和泉郷横山村の家の近くに仏殿を造って奉安し、さらにその子の徳那(とくな)という人... 続きを読む