「誰にだって出来るんですよ。だって、僕にだって出来たんですから」
8月4日と5日の2日間で開催された CSS Nite in Okinawa 2007 の2日目、僕を含めた数名しか聴衆のいない楽屋で、唐突にリハーサルを始めたタナカミノルさんは、上のように語りました。そして、タナカさんの歴史とも言えるような失敗の数々を、次々に披露していきました。

- 過去の自分に誇れる状態ではないと感じて30歳を目前にプラスチック加工の会社を退職したこと
- 完全にお金がなくなりかかって求人誌のお世話になったこと
- たまたま得たナショナルクライアントのWebの仕事によってできた資金を使って、唐突に劇団に参加したこと
- 劇団員生活に行き詰まり、再びWebの業界に出戻ったこと
- 最近の仕事だって、当初の企画からすれば二転三転したものだったり、妥協の産物だったりすること
などなどです。Webの業界はまだ10年かそこらの歴史しかありませんので、この業に従事する三十代後半よりも年長の人々(僕もですが)のほぼ全員は、退職や転職、独立などといった転機を何度か経験しています。しかしその中にあっても、タナカさんの歴史は異色のものと言えるでしょう。せっかくWebの仕事で旨く行きかけた矢先に演劇を志して撃沈するなど、尋常ではない失敗ぶりです。
そんなタナカさんは「僕なんか失敗だらけでカッコ悪いですよ」と笑い飛ばし、「ですから皆さん、たくさん失敗しましょうよ」と呼びかけます。自分の時間と労力を資金を使って、現実の中で失敗したり考えたり学んだりした経験こそが、アイデアを形にする力や、考える力や、発想する力を鍛える、というわけです。これらの一連の言葉に、僕は強い刺激を受けました。

僕もまた、失敗ばかりのデコボコ人生を歩んできました。失敗と寄り道の連続です。しかし僕は、むしろそれを誇りに思っています。寄り道や失敗のない人生はスマートで効率的かもしれませんが、その反面、脱線することなく一本のレールに乗り続けてきた人々というのは、応用力に乏しい、逆境に弱いものに思えてしまうのです。もっとも、僕はそうした人生は歩んだことがないので、あくまでも印象でしかないのですが。
本当に優秀な人は、自分の時間と能力と資金を賭けた経験などなくとも、失敗する前にスマートに解決策を導きだし、常に最善の道を歩むのかもしれません。しかし、僕のような凡人にとっては、経験こそがかけがえのない財産です。僕自身の経験は、他の人の経験で代替することはできませんし、他の人が僕から奪うこともできません。そうした経験からもたらされる思考もまた同様です。
そして、寄り道や失敗の数だけ、僕の引き出しは広く深いものになっていきます。失敗や寄り道といった経験や、そこからもたらされる思考というのは、まさにその本人だけが持つことのできるユニークなものでです。そしてタナカさんの言葉は、そうしたものを持つことの意義をストレートに伝えてくれるものでした。
楽屋での話ですが、タナカさんは、
「僕はあんまり検索は使わないんですよ」
とも言っていました。
その理由は「自分の頭で考えることがなくなるから」だと言います。Web検索を使えば、目前の問題に対するスマートな解決策は安易に得られるかもしれません。しかし、自分の頭で考え、仮にその答えが間違っていたとしても、または、自分の頭で考えることによって正答にたどり着くまでに膨大な時間を消費することになったとしても、そこで得られる経験は何物にも代え難く、自分自身の財産になる、というわけです。
今では、Web上には膨大な量の情報があふれており、そこから望む情報を効率よくピックアップする仕組み(Googleなど)もある程度発達しています。しかし、ほんの数年前までは、Web上の情報量も、そこから適切な情報をピックアップする仕組みも、共に貧弱なものでしかなく、目前の課題に対する正答を得るためには、自分の体で経験したり、自分の頭で考えたりするしかありませんでした。そして、僕たちは今もそれを行っています。
Web上のサービスを使用していると、時折ですが、まるで自分自身が全能であると感じているのではないかと思えるような人々に出会います。Web検索を使って安易に情報を収集することを習慣化し、Web検索で収集することのできる情報と自分の知識との境界が曖昧になっているような人々です。彼らは自分の知識を過大評価し、常に斜め上から周囲を見下ろしますが、そうした人々の肥大化した自意識は、タナカさんの体験や思考、そしてそこから導き出される言葉や仕事の前には、あまりにもちっぽけだというほかありません。
借り物の知識や体験だけで自分が偉くなったかのように錯覚するよりも、実体験としての失敗を積み重ねる方がずっとマシです。自分の時間と身体と頭脳を使って経験したことは、必ず自分の身につくのですから。
「ですから皆さん、たくさん失敗しましょうよ」
タナカさんのブログをチェックして、次にタナカさんの話を聞くことができる機会を探りましょう。僕も探ります。



