僕は生まれたときから僕だったわけではなく、時間の流れの中で関わってきた他者や環境といった外部の要因の力によって、連続的に今の僕が形作られてきました。たまたまその環境に置かれた僕が、その環境に対応した行動をとった結果として、または、その時たまたま知り合った人々と交流をもった結果として、様々なことが起こり、今の僕があるのです。環境や他者の存在がなければ、今の僕の存在もまたあり得ません。
僕の人生の中には真に自力のみで成し遂げたと思えることは何もなく、ほとんどは偶然と思えることの積み重ねによって、他力によって僕は今の僕になることができています。何度となく舞い降りた僕の人生を左右するような偶然を、ある人は「幸運」と呼ぶかもしれません。また、その幸運はすべて「他の人」からもたらされていることから、その幸運を「縁起」と呼ぶかもしれません。いずれにしても、僕の人生は、他者や環境との関わりの中で形成されてきたものなのです。
僕がまだ幼かった頃、僕の父は転勤の多い仕事に就いており、僕は小学校3年生までの間に5回の引っ越しを経験します。生誕地は岡山県岡山市、その後沖縄県浦添市に引っ越し、さらに沖縄県内で引っ越した先の北中城村で幼稚園に入園、幼稚園の卒園を待たずに愛知県名古屋市に引っ越し、小学校入学は名古屋市名東区、2年生の1学期終了時点で千葉県船橋市に引っ越し、3年生の2学期終了時点で千葉県四街道市に引っ越します。僕は小学校低学年の間に2回転校し、3つの小学校を経験しました。
頻繁な引っ越しによって一つの場所に長く留まることがなかったため、同じ経験を共有しながら育った幼なじみのような人間関係の形成は、僕は幼少の頃には経験していません。親しいと思えるような友人ができても、ほどなく別れの時がくる、といったことを繰り返すうちに、僕は他者と打ち解けることなく、かといって孤立するようなこともなく、新しく出会った人々とつかず離れずの距離を保つことを覚えました。幼少の頃に多くの人との出会いと別れを繰り返した僕にとって、こういった距離感を自分の中に持つようになることは、ある意味では必然だったように思います。
転校するたびに別れはやってきました。それは悲しいことであると同時に晴れやかなものでもありました。友人たちを惜しんで胸を裂くような思いをすると同時に、過去のしがらみから抜け出して、まったく新しい世界を切り開くような、わくわくするような感情も同時に味わいました。ある環境から別の環境へと移行するとき、元の環境の中で規定されていた自分自身からも解放されます。それは積み重ねてきたものが崩れる瞬間でもあり、新しい冒険がはじまる瞬間でもあります。そして僕は、友人たちとの別れは、同時に過去の自分との別れでもあるということを知ります。
父が長い転勤生活を終えて東京の本社勤務になり、千葉県四街道市に戸建ての家を建てたときから、居住地は安定しました。しかししばらくすると僕は思春期を迎え、精神的に安定しない時期に差しかかります。思春期から青年期の僕は、それこそその時期の若者にありがちな潔癖さで、政治や宗教、音楽や文学などに傾倒していきます。理想と現実のはざまに揺れる僕の心を捉えたのは、異なる政治思想や宗教の間の葛藤や、人種問題や戦乱などの鬱屈した背景から生まれたような種類の音楽や文学でした。これらについては、また後で触れることになると思います。



