葛井寺の本尊である乾漆十一面千手千眼観世音菩薩像(国宝)は、合掌する2本の手を含めて大きな手が40本、その後ろに小さな手が1,001本、その1,001本の小さな手の掌には目が一つずつという、まさに千手千眼を備えた十一面千手千眼観音像です。ただしこの千手観音像は、毎月18日だけの開帳という秘仏。というわけで、今日はこの千手観音像の開帳に合わせて葛井寺に参拝です。いつもはそれほど賑やかではない葛井寺ですが、さすがに秘仏の開帳日であり、観音菩薩の縁日でもある18日は、多くの人出で賑わっていました。

境内の四脚門(西門)付近には露店などが出ていて、いかにも縁日らしい雰囲気です。

住宅地の中にある寺としては、かなりの広さの境内。

出世地蔵さん。年配の婦人が祈る姿も、いかにも大阪、河内らしい風情です。

大師堂。やはりここも参拝客が途絶えません。

大きな本堂。この中に千手千眼を備えた乾漆造の秘仏、十一面千手千眼観音像が鎮座しています。僕も拝観料を払って間近でご挨拶しました。

ご朱印はこんな感じでした。

霊場紹介
- 名称
- 紫雲山 葛井寺(しうんざん ふじいでら)
- 宗派
- 真言宗御室派
- 所在地
- 大阪府藤井寺市藤井寺1丁目16-21
- 開基
- 行基菩薩
- 創建
- 725年(神亀2年)
- 本尊
- 十一面千手千眼観音菩薩(国宝)
- 御詠歌
- まいるより たのみをかくる ふじいでら はなのうてなに もらさきのくも
- 縁起など
- 聖武天皇が稽文会(けい もんえ)・稽首勲(けい しゅくん)父子に乾漆十一面千手千眼観世音菩薩像(国宝)を作らせ、それを行基が725年(神亀2年)に開眼し、古子山葛井寺(紫雲山金剛琳寺)の勅号を得ました。その後、在原業平が奥の院諸堂を造営、しばらくここに住していたといいます。1096年(永長元年)に大和国 賀留の里(かるのさと)の藤井安基(やすもと)が、寺の荒廃を嘆いて伽藍の大修理を行ったことから、藤井氏の姓をとって藤井寺と呼ばれるようになり、これが付近の地名にもなっています。楠木正成が開運を祈願して菊水の旗と守刀一振を奉納したほか、1347年(正平2年)には楠木正行(まさつら・小楠公)が大般若経600巻を奉納したことでも知られています。1493年(明応2年)の兵火や1510年(永正7年)の大地震などによって藤堂を失っていますが、都度復興を遂げています。四脚門(西門・重要文化財)は1601年(慶長6年)豊臣秀頼によって再興、本堂は1776年(安永5年)竣工、南大門は1800年(寛政12年)頃のものといいます。
- 加盟霊場
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- 西国三十三所観音霊場 第5番札所
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