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慈眼山 孝恩寺(木積の釘無堂)

和泉西国霊場の第二十五番、慈眼山 孝恩寺は国宝の釘無堂(釘を使っていない建物)を始め、寺内には平安期の作といわれる重要文化財の仏像などが多数保管されているそうです。写真はその釘無堂です。
慈眼山 孝恩寺の本堂「釘無堂」

ご朱印はこんな感じでした。
慈眼山 孝恩寺の朱印

霊場紹介

名称
慈眼山 孝恩寺
通称
木積の釘無堂
宗派
浄土宗
所在地
大阪府貝塚市木積798
開基
行基菩薩
創建
726年(神亀3年)
本尊
阿弥陀如来
札所本尊
十一面観音
御詠歌
たおりつつ たむけのはなの かずそえて こつみのそらに はるはふけゆく
縁起など
慈眼山 孝恩寺は行基建立四十九院の一つで、現在の観音堂は古くは「観音寺」「木積観音(こつみかんのん)」などと呼ばれ、孝恩寺とは別の寺院でした。旧・観音寺は平安時代初頭には七堂伽藍が揃っていましたが、室町時代に山名氏の乱や大内氏の乱、1585年(天正13年)の豊臣秀吉の根来寺攻め(紀州攻め)といった戦火に巻き込まれ、観音堂だけを残して焼失しました。観音堂は鎌倉時代の密教建築様式を伝えるものとして国宝に指定されており、古くは「古佛堂」、現在は「釘無堂」と呼ばれ、鎌倉時代後期の建築で、飛騨国の番匠の作と伝えられています。旧・観音寺は1889年(明治22年)に廃寺になり、観音堂は1914年(大正3年)孝恩寺に合併され「慈眼山 孝恩寺」となりました。境内の宝物館には阿弥陀三尊をはじめ19もの重要文化財を蔵しています。また、地名の「木積(こつみ)」は、行基の畿内四十九院建立に際して用材をこの地に集めたことからおこったとされています。
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