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因幡堂狂言 2007 が無事終了。野村万作先生とツーショット!

僕も実行委員の一人として応援してきた因幡堂狂言ですが、昨日4月29日、無事に終了することができました。この因幡堂狂言は、「因幡堂」「鬼瓦」「仏師」「六地蔵」「金津(金津地蔵)」といった狂言の舞台となってきた実在の因幡堂で、狂言「因幡堂」を観る、という趣向。今回の公演がこけら落としでした。

因幡堂

決して大きいとは言えない現在の因幡堂ですが、その中に仮設のものとしてはかなり立派な能舞台と、230席ほどの観客席が設営され、満員の観客をお迎えすることができました。

因幡堂に設営された観客席と満員の観客

狂言会の公演は、因幡堂の大釜諦順 住職の挨拶で幕を開けました。住職の挨拶では、因幡堂は西暦1003年に橘行平卿により開基され、それから100年以上後の1171年に、現在に伝わる寺号「平等寺」を高倉天皇より賜ったという因幡堂の歴史が語られました。

因幡堂(平等寺)大釜諦順 住職の挨拶

この因幡堂、寺号である「平等寺」と呼ばれたり、ご本尊の称名である「因幡薬師」と呼ばれたり、お堂を表す「因幡堂」と呼ばれたり、といった具合で様々な呼び方がされるのですが、簡単に整理すると、以下のような感じだそうです。

  • 997年に橘行平が因幡の国の海中から薬師如来を引き上げたのを起源とするため本尊は「因幡薬師」と呼ばれる
  • 1003年の開基から因幡薬師をまつる本堂は「因幡堂」の名で呼ばれる
  • 1171年に高倉天皇より「平等寺」の寺号を賜り、平等寺の寺号で今に至る

最も長い間、お寺の呼び名として通ってきたのは「因幡堂」だそうで、その「因幡堂」の呼称が数々の狂言に使われているというわけですね。

さて、公演の内容は因幡堂狂言会の公式ホームページの中の「2007年 因幡堂狂言の詳細が決定」や「2007年公演無事終了しました」をご覧いただくとして、最後に下の写真。かの野村万作氏と僕のツーショットです。これは公演終了後の茶話会の席で撮影したもので、僕の中では記念すべき一枚です。舞台上では大きく見えた万作先生ですが、お隣に座ってみるとその小柄さに驚きました(僕がいかにも興行関係者っぽい雰囲気で写っているのはご愛敬です)。

野村万作先生と僕。左が野村万作先生です

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