霊芝山 長命寺

霊芝山 長命寺は、住宅地の中、黒鳥第四町会の地車車庫の正面の路地のような参道を入ったところにあります。寺域は決して狭くはないのですが、住宅に囲まれ、路地の奥にあるため、この寺を探すのはなかなか難しい立地です。寺人の話によると、この町はこの寺を中心に発展したとかで、そのために結果的に寺が奥まった場所に位置するような形になったとのこと。
霊芝山 長命寺

山門もそうですが、境内もまた朱色の鮮やかさが少々異様なほどです。下の写真は七社明神を兼ねる大師堂。
大師堂

本堂は普通の雰囲気です。
本堂

本堂の右手には庫裡があり、この時は婦人たちが集まって何か体操のようなことをしていました。
庫裡

庫裡の前の池では菖蒲が咲いていました。
菖蒲

ご朱印はこんな感じでした。このご朱印を書きおえてから、ご住職は僕に名前を尋ねられ、僕が答えると何やら祈念してから朱印を手渡してくれました。
霊芝山 長命寺のご朱印

霊場紹介

名称
霊芝山 長命寺
宗派
高野山真言宗
所在地
大阪府和泉市黒鳥町815
開基
不明
創建
不明
本尊
延命地蔵尊
札所本尊
十一面観音菩薩(和泉西国三十三所観音霊場)
御詠歌
ただたのめ よわいひさしき かめづかの ほとけのちかい たのもしきかな
縁起など
貞享年間(1680年代)の19番札所は、十一面観音菩薩を本尊とする亀塚山観音寺(御詠歌の「かめづかの」はこれに由来)で、境内に八幡社があることから「若宮奥の院」と呼ばれ、同じ黒鳥町にあった安明寺の搭頭寺院の一つだったそうです。黒鳥町内には、同じく安明寺の搭頭寺院の一つだった瑞龍山大日寺という寺があり、この寺は七堂伽藍を備えた大寺だったものの、室町時代(16世紀後半)に織田信長に破却され廃絶するものの、1691年(元禄4年)に河内国野中寺の玄道和尚により再興され、霊芝山長命寺と改称して今日に至っています。もとの和泉西国霊場19番札所だった亀塚山観音寺は、1868年(明治初年)にこの霊芝山長命寺に合併し、以来19番札所と札所本尊の十一面観音菩薩は霊芝山長命寺が引き継いでいます。
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