退屈な事実よりも作られた物語を語る方がいい場合もある

僕たちが事実だと思っていることはすべて、例えそれが自分自身で体験したことだったとしても、厳密には事実ではありません。なぜなら人は、現在体験していることですら、環境がもたらす膨大な情報の中から無意識下で取捨選択した結果だけを意識的に体験しているに過ぎず、その意味で体験はとても個人的で主観的なものであり、客観的には事実ではあり得ないからです。さらに、もしその体験が記憶されたとして、記憶されている事柄というのは、ありのままの事実の中から無意識下で選択されたいくつかの主要な事柄の断片が集まったものに過ぎず、さらには、その記憶されている内容には、自分の中で印象や感想や因果関係などを含めた何らかの意味づけされ、整理されたものだからです。

そして、記憶や体験が語られるとき、それが言語化されているという時点で、それは語る人というフィルタをかけられたフィクションとなります。たとえその語る人が、ジャーナリズムの訓練を受けた人であったとしても、実際の複雑な事象や背後の因果関係をすべてそのまま提示することは不可能で、現実的な解として、読者ないしは筆者がが理解可能な程度まで単純化されて物語られます。もちろんジャーナリストは、訓練を受けていない一般の人よりはいくらか客観的に物事を伝えるかもしれませんが、それはより事実に近いかどうか、といった程度問題でしかなく、編集されたフィクションであるということに変わりはありません。

こうした意味で、「事実であること」や「事実らしく見せること」に対してある種の思い切りをつけてしまえば(または事実を語ることの限界を認めてしまえば)、何らかのメッセージを他者に伝えようとするとき、物語の力を借りるのは有効な手段かもしれません。人は事象を物語として記憶するものですし、よいストーリーには人を動かす力があります。淡々と事実らしきことを退屈に述べていくよりは、広がりを持った想像力をかき立てる例え話や、活き活きとした物語の持つ読ませる力を活用するのは、ある意味では事実を伝えようとする以上にメッセージの本質に迫ることができる手段であるようにも思えます。

チーズはどこへ消えた?鏡の法則 - 人生のどんな問題も解決する魔法のルール例えば、多くの人が読んだと思われる「チーズはどこへ消えた?」や、つい先月くらいに某書店のビジネス書コーナーの売り上げランキング一位になっていた「鏡の法則 – 人生のどんな問題も解決する魔法のルール」(もっとも僕はこの本の良さは今ひとつわかりませんでしたが、とにかく売れたということで)などは、寓話の力を借りるというやり方でメッセージをうまく伝えた好例でしょう。特に「チーズ」は、非常に説教臭い内容を楽しい寓話に置き換えてあって、好き嫌いは別にしても誰もがいくらかは心を動かされるものになっていると思います。

かもめのジョナサンGood Luckまた、同じく寓話でいうと、僕の大好きな「かもめのジョナサン」(その昔サーファーやヒッピーのバイブルにもなりましたね)や、少々説教臭いきらいはあるものの心に残る「Good Luck」なども、寓話の力を借りて強烈なメッセージを届ける好例だと思います。ここまで挙げてきたものはすべて、教訓じみた印象を与えるタイプのメッセージですが、そうでなくても、例えばビジネス上のノウハウを伝えることを目的としたものの中にも、活き活きとした物語の持つ読ませる力を活用した良書がいくつかあります。

ザ・ゴール — 企業の究極の目的とは何かザ・プロフィット 利益はどのようにして生まれるのかいずれもベストセラーとなった「ザ・ゴール — 企業の究極の目的とは何か」の一連のシリーズや、「ザ・プロフィット 利益はどのようにして生まれるのか」などは、主人公がメンターに導かれつつ自助努力によって成長していく過程を描くタイプの小説の形式で書かれており、小説としてもよくできているため、読者は主人公と共に考え、物語の展開を知りたいという欲求に駆られて一気に読了してしまうような作りになっています。しかし読後には、前者であればTOCについての基礎的な理解が得られ、後者については事業におけるあらゆる収益モデルについての知識が得られる、という仕掛けです。淡々とした実用書よりは、ずっと楽しく学ぶことができ、こうしたものに触れると、ストーリーの力に脱帽するほかありません。

ストーリーの持つ力については、単に学習や表現の上での価値にとどまりません。また、フィクションだけが物語だというわけでもありません。「バイラルマーケティング」などの著書を持つセス・ゴーディンは、その最新作「マーケティングは「嘘」を語れ!—顧客の心をつかむストーリーテリングの極意」の中で、マーケティングにおける物語の重要性について以下のようなことを述べています。少し長くなりますが引用します。

マーケティングは「嘘」を語れ!—顧客の心をつかむストーリーテリングの極意人々が物語を信じるのは、説得力があるからだ。私たちは、自分が買おうとしているものに関して、自分自身に嘘をつく。消費者は、時間の節約につながるとか、自分をより可愛らしく、あるいはより優秀にしてくれると信じるものをやたらに欲しがる。そして消費者は、どんなマーケターよりも、自分の潜在的な願望をよく承知している。だから消費者は自分自身に物語を語る。この新しい買い物が、どれほど確実に自分の最も深いニーズを満たしてくれるのかを説明する、複雑な物語だ。

私はつい一時間前、理学療法士のステファニーが(本来はもっと見識ある人なのに)、ある物語を聞いて表情を一変させるのを目にした。彼女はプーマの限定版スニーカーを買おうとしていた。一足125ドルもする。彼女が一日一生懸命働いた税引き後収入とほぼ同じ額である。

ステファニーは、そのスニーカーのサポート部分やソールの材質、アッパー部分の耐久性を考慮したのだろうか。もちろん違う。彼女は、それを履いた自分がどのように見えるかを想像したのだ。他の人が「なんて素敵な人だろう」と思うようになり、劇的に改善された自分の人生を心に描いたのだ。

(中略)

スニーカーそのものが商品ではない。マーケターが彼女に売り込んだのは、彼女が特別な感覚を味わえるような物語である。そして、クチコミで広まっていくのも、(アイデアや製品の特徴・メリットではなく)物語なのである。

マーケティングは「嘘」を語れ!—顧客の心をつかむストーリーテリングの極意

さて、僕がここまでAmazonアソシエイトのリンクを張りまくってまで(これでも控えめにしたくらいで、物語の優位性を証明するような本は他にもいくらでもあるんですが・・)言いたかったことは、僕たちはストーリーを紡ぐスキルを磨き、ストーリーを語るべきではないか?ということです。上記の本のサブタイトルにある「ストーリーテリング」こそ、僕たちにとって必要なスキルなのではないでしょうか。

  • どうしても伝えたいメッセージがある
  • オンラインやオフラインのコミュニケーションを円滑にしたい
  • 複雑な事象や概念をできる限り簡潔に説明したい
  • 理論よりも感情に訴えかけたい

上記のような目的がある場合、それが人間関係に根ざしたものであろうと、マーケティングに根ざしたものであろうと、ストーリーを語ることは(それが嘘や欺瞞でない限りは)、単に事実を連ねて退屈な話をするよりもずっと効果的であると思います。そして、それは別に珍しい考えでも特殊な考えでもなく、人間は誰もが本能的に知っており、誰もがすでに何度も試してきたことなのです。

例えば、就職のための面接の時には、誰もが事実を自分にとって都合のいいように組み合わせながら、自分がいかに優秀でその会社にとって有益な人材であるかということを示すストーリーを語ります。また、恋愛の初期段階における求愛行動の中でも、いかに自分が魅力的で相手にふさわしい人物であるかということを示すストーリーを語ります。誰もがこうしたことをするのは、それが有効なことだと誰もが知っているからでしょう(僕がこの二つの例についておそろしく低いスキルしか持っていないことは非常に残念ですが)。

こんなことを書いていると、一体全体、住は何を考えているんだ?という感じに思われそうですが、僕は以下の3冊の本(一見するとすごく脈絡がなさそうに見えますが、読んでみるとそうでもないんです)を読んで、何だかストーリーテリングのスキルを磨くことが最重要課題のように思えてきているんです。以下の3冊を読むと、ブログを書いたり友人たちと交流したりするような私生活の上でも、クライアントとの折衝やセミナーでの講演などの仕事生活の上でも、ストーリーテリングのスキルは必須のような気がしてきます。まあ、僕の戯言かもしれないので、ご興味のある方だけ見てみてください。

マーケティングは「嘘」を語れ!—顧客の心をつかむストーリーテリングの極意現代語訳 般若心経ベストセラー小説の書き方

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