分裂勘違い君劇場に「子供の「どうして勉強しなきゃいけないの?」→ 勉強することの具体的で直接的で切実なメリットを説明」というエントリが上がっていて、話題になっています。内容は(いろんな意味で)とても興味深いので、当然といえば当然でしょう。
しかし僕(人並み以下の学歴と能力しか持ち合わせていない)にとっては、やはりこれも勉強する意欲をわかせるものではありません。とは言え僕は毎日欠かさずかなりの時間を勉強に費やしていますが、それは「人生をもっと楽しく有意義なものにする」といった高尚なものではなく、僕は「賃金を得るために差し出す労働力それ自体が、僕自身に対して与える精神的・肉体的ダメージを少しでも減らす」ために勉強しているのです。
働かなければ食っていけない。しかし、同じ働くにしても、長らく肉体労働で口銭を稼いでしのいできた僕からすれば、肉体労働で生産性を高める(ひいては収入を増やす)ということはほとんど不可能で、若い時であれば労働時間を延長して寝ずに働く、という選択肢もありましたし、実際にそうしていた時期もありましたが、これには限界があるということを知っています。持たざる者(僕のような)が、より効率よく働き、より楽に対価を得るためには、勉強という名の自己投資が欠かせません。「勉強し、生産性を高める」ということしか、僕には選択肢がないのです。これはかなり切実なことです。
以下は、書籍「銭を儲けるには、金のしくみを知らんと話にならんで!!」の中で故青木雄二
氏が、架空のお母さんが架空の子供「マーくん」に勉強する必要性を説明する部分の引用です。僕にとっては、まさにこの説明こそが自分の現状にぴったり合っているように思うのです。
「どんなボンクラでも、必ず売らないと生きていけないものがあるんやで。それは労働力や。マルクスの『資本論』では、この労働力を『一人の人間の肉体、すなわち、人間の生ける人格の中にあって、何らかの種類の使用価値を生産する場合に、人間が活用させる肉体的、精神的能力の総体である』と定義しているんやけど、これを社会人に例えるとこうなるのよ。
電車に揺られて朝9時に出社、部長に呼ばれて午後の会議用として、得意先のクレーム処理資料を作る。会議で部内の人間に資料の説明と今後の対応の打ち合わせ。部長から小言と説教。得意先との電話での折衝ののち、すぐさま部下を連れて得意先へ。得意先担当者に頭を下げて、その担当者を連れ出して、接待。部下を連れていきつけの飲み屋でつい愚痴を言う。自己嫌悪を抱きながら会社に戻り、報告書を書き部長の机に置く。終電に乗って帰宅。
この1日の労働で生じた精神と肉体の疲労こそが、労働力なの。労働者は、この労働力を使って、一生を働いて過ごさないといけない。せやから労働で生じた肉体と精神の疲労、消耗は、少なくとも翌日までには回復させておかんと労働者として生き延びていけんことになる。おのずと強度の激しい労働を選んだ子は、不利や。
つまり、いま勉強せなんだら、銭を生み出すアンタの労働力が1日では回復でけんような、強度の激しい職場につかなならんようになるんやで、マーくん」
銭を儲けるには、金のしくみを知らんと話にならんで!! – p113-114
僕にとっては、勉強の苦よりもずっと、消耗戦のような労働をするほうが苦しいのです。
参考になるかもしれないエントリ
ブログ内の関連する記事
広告



勉強しなければいけない理由。
はてブの注目エントリから飛んでいって、
子どもの「どうして勉強しなきゃいけないの?」→勉強することの具体的で直接的で切実なメリットを説明
というエントリを…
子どもの頃の「勉強」とは、クソつまらない基礎の反復練習だった
小学校低学年の学習塾で教える内容の実際は知らないが、この頃の子どもにもっとも必要な「勉強」は、読み・書き・計算の徹底的な反復練習だろう。大人がやる「勉強」…
子供に“どうして勉強しなきゃいけないの?”と聞かれたらの正解
“なぜ勉強しなくちゃいけないの?”と子供に問われたらどきっとするかもしれませんね。そんな親御さんへの応援メッセージ。ぜひ、お子さんの伝えたい想いを汲み取っ…