大悲山 大井堰御坊 慈眼院

大井堰御坊 慈眼院に訪れると、二十数年に一度という何か大きい法要の準備中だとかで、境内を参詣できないというタイミングの悪さだったのですが、それでも外から参拝しました。
大井堰御坊 慈眼院の外観

ご朱印はこんな感じでした。
大井堰御坊 慈眼院

霊場紹介

名称
大悲山 大井堰御坊 慈眼院
宗派
真言宗御室派
所在地
大阪府泉佐野市日根野626
開基
覚豪阿闍梨
創建
673年(天武2年)
本尊
大日如来
札所本尊
千手観世音菩薩(和泉西国三十三所観音霊場)
御詠歌
不明
縁起など
673年(天武2年)天武天皇の勅願寺として、覚豪阿闍梨によって創建。当時は井堰山 願成就寺 無辺光院と呼ばれ、泉州の最古刹。815年(弘仁6年)からの2年間に弘法大師空海が留杖し、多宝塔、金堂を建立しました。南北朝の兵火(1353年)では同年に後村上天皇の勅命によって修築、織田信長の南紀事変では多宝塔と金堂を除いて全焼するものの豊臣秀吉によって1602年(慶長7年)に再興、江戸初期の寛文年間には岸和田の領主岡部候によって大営繕が行われました。この大営繕に際して、総法務宮だった仁和寺の性承門跡より「慈眼院」の院号が下賜され、以来、慈眼院と呼ばれるようになりました。国宝の多宝塔は、石山寺、高野山金剛三昧院と並ぶ日本三名塔の一つで、鎌倉時代の建立。金堂も鎌倉時代の建築で重要文化財。境内は国の史跡に指定されています。
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