ユーザー・コミュニティは面白い

先日、3月30日は「gooサポーターズ・ミーティング」というものに参加してきました。gooのユーザー側と運営側が意見交換する場ということで、趣旨も内容も素晴らしい会合だったのですが、僕はその運営方針について漠然とした疑問を感じていました。今日になって、その疑問が具体的なものになったので、このエントリで少し取り上げてみたいと思います。少々批判的な内容になりますし、僕の態度は「gooサポーター」として適切でないかもしれませんが、しかし、僕がここで語ろうとしているのは「ユーザーコミュニティと運営企業」の問題であり、別にgooに限らず、ユーザーコミュニティを意見交換の場として機能させたり、コミュニティのメンバーをクチコミの発信源として機能させたい場合には、常に考えさせられるテーマだと思うのです。

今回僕が参加した「gooサポーターズ・ミーティング」というのは、gooサポーターとgoo運営側からなる「gooサポーターズ・ボード」というコミュニティ活動の定例活動の一環であり、すでに過去3回に渡って開催されています。「gooサポーターズ・ミーティング」の趣旨は、「gooの歩き方」によると、以下のようになっています。

「gooサポーターズボード」とは

インターネットでの積極的な情報発信を行い、gooを熱心にご利用のユーザーを「gooサポーター」に認定し、gooサービスについての意見交換、サポーターからのgoo関連情報発信、gooからのサポーターの活動支援などを行うプログラムです。

目的

「gooサポーター」がgooのサービス開発や運営への意見やgooに関する情報発信、他のユーザーへの助言によりgooを支援し、gooが集客やインフラ面で支援することを通じて、サポーターとgooが共に発展することを目指します。

gooサポーターズボードのご案内

カルトになれ!~顧客を信者にする7つのルール~これはよくある「ユーザー・グループ」のモデルで、企業がユーザーから製品やサービスについての感想や使用感、提案などのフィードバックを受けたり、グループに属するユーザーを情報ハブとしたクチコミによって市場に対して企業や製品やサービスの認知の向上を目指すもので、企業はユーザー(ここでは「サポーター」)の活動を支援することで運営が行われていきます。この趣旨や目的などには完全に賛同しますし、このケースでは僕はgooが好きで、応援していますので、この活動に参加することには積極的な立場をとります。(この種のユーザー・グループ・モデルについては「カルトになれ!~顧客を信者にする7つのルール~」が詳しいと思います)

さて、僕がこの「gooサポーターズ・ミーティング」に参加したのは今回が初めてで、はっきり言って空気は読めていません。また、今回参加した他の既存サポーターたちとの面識もなく、知り合いは一緒に初参加した藤原さんと、運営側のgooの一部の人のみです。したがって、僕はこのコミュニティに対する帰属意識や連帯感のようなものは、まだそれほど形成されていません。このような今だからこそ、問題提起もできるのですが、このまま長期的に関わった場合、なかなか率直な意見は言いにくくなってしまうと思われます。だからこそ、このタイミングで問題提起してみたいのです。また、今回はたまたまgooを取り上げていますが、特にgooだけの問題だとは考えておらず、この時代のユーザーコミュニティ運営全体の問題だと考えているということを踏まえて読んでいただければと思います。

今回の「gooサポーターズ・ミーティング」は、gooを運営する各部署のスタッフとサポーターが集まり、gooの会議室で公開前の新サービスについての説明と意見交換や、goo検索についての説明と意見交換、といったプログラムを経て、オフィスのある建物の地下にある居酒屋に全員で移動し、酒の席での忌憚ない意見交換を行いつ親交を深める、といった形で進みました。その席では記念品の贈呈などもあり、サポーターはとても素敵なgoo特製フォトスタンドをいただきました。酒席での話題も豊富で、gooのサービスから開発、業界動向や他社のサービスまで多岐に及び、とても楽しい時間を過ごすことができました。そして、飲食の料金はすべでgooが持ちました。

僕がちょっと引っかかっていたのは、この、飲食の費用をgoo側がすべて負担した、ということです。僕たちは記念品も受け取っていますし、これについて厳しい言い方をすると、「飲食の接待を受け、物品の贈与を受けた」という言い方もできると思います。このような状況が背景にあると、サポーター側には(意識的かどうかはともかく)心情的な負い目が生まれ、実質的には、批判的な意見を表明する芽があらかじめ摘まれている状態を作り出しすように思います。少なくとも僕にとっては、批判的な意見を表明することは、まずは自分の中での心情的なハードルを超えなければできないことになってしまいました。もちろんgooの心遣いは嬉しいですし、大企業が(いわば顧客と言えなくもない)サポーターと接する態度としてそれほどおかしなものではないことも承知しています。しかし、僕の感覚では違和感は拭えません。

もちろん、接待や物品の贈与が常に良くない、と言っているわけではありません。例えば、企業とその取引先のミーティングのようにあらかじめ上下関係のようなものが規定されている場合や、企業とプレスのミーティングのように接待や手土産などの意味が明確な場合などでは、飲食の接待や物品の贈与が心理的な戦略として重要だったり、または習慣として常態化していたりすると思いますし、僕自身こういった場で接待を受けることについては何ら抵抗感はありません。多くの場合、単に嬉しくなるだけです。しかし、企業がユーザーコミュニティに影響しようとする場合、そこでのインセンティブには細心の注意が必要で、安易な接待などは逆効果になることもある、と言いたいのです。

ユーザーコミュニティを使ったマーケティング活動(調査や企画や宣伝などのすべて)を正常に行うためには、ユーザーがコミュニティへの帰属欲求を感じたり、ユーザー同士が連帯感を感じたり、またはユーザーが使命感を刺激したり、といったコミュニティのカルチャーともいうべき「場の空気」が必要で、運営側はその「場の空気」を醸成するために投資すべきなのであって、飲食の接待のような買収的な匂いのするインセンティブに投資するのは、企業間の取引においては有効な策かも知れませんが、ユーザーコミュニティへの投資としては好ましいものとは思えません。主催する会合の場での飲食代を企業が負担しない、というようなことは、それが伝統ある企業であればあるほど、過去の事例に照らして抵抗のあることだとは思いますが、今後は過去の常識はある程度無視してしまってもよいのではないかと思います。過去の当然は現在の当然ではないかも知れないのです。

企業とユーザーコミュニティの意見交換が活発で、ネガティブなものも含めて様々なフィードバックが得られるような「場の空気」を作るためには、(実際にはそうでないとしても)企業側とユーザー側は対等であるか、または対等であるかのように見えるようにすべきです。例えば、酒の席での忌憚ない意見交換は、コミュニティと企業の連帯感を高めたり、コミュニケーションを円滑にする上で有効だと思いますが、これはコミュニティと企業が対等な立場である場合でしか機能しません。このことから、参加は会費制にするなどして、「接待」ととられるような要素はあらかじめ排除しておくべきだと思います。

なぜなら、この種の接待のような形でのインセンティブを受けた上でサポーターが情報発信を行ったとしても、サポーター自身が恣意的であり、一様に特定企業(またはそのサービス)に対して好意的な情報発信を行いがちになると思います。これは大きく2つの問題をはらんでいます。

一つ目は、「情報の伝わりやすさを阻害する」という点です。情報が広く伝わっていくためには、ネガティブなものもポジティブなものも織り交ぜて、多様な情報を発信していくことが重要で、そうすることにより、多様な話題を振りまくことになり、その結果、企業は注目を集める存在になる、と僕は考えています。しかし、サポーターが一様に好意的な(または好意的なものに偏りがちな)情報発信をしていた場合、やはりマーケット全体に対する話題の提供としては弱いものになってしまうと思うのです。

『みんなの意見』は案外正しい二点目は、「集合知を得られにくくする」という点です。コミュニティ運営は、メンバーが気軽に様々な情報を発信できるような「場の空気」を作り出すべきで、そういった情報の多様性は、「インターネット的」であり「民主的」であり、今の流行に倣うなら、意見の多様性を確保し「集合知」を活用する、ということでもあると思うのです。しかし、サポーターが情報発信する際に恣意的になるような要素があると、そこで発信される意見は多様性を欠き、その結果集合知は得られにくくなるでしょう。(集合知については「『みんなの意見』は案外正しい」が詳しいと思います)

ユーザーコミュニティを正常な形で運営しようとするのなら、そこで企業からユーザーに支払われるインセンティブは、飲食の接待のようなものではなく、何かもっと別のものがふさわしいように思います。理想的なのは、ユーザーがコミュニティへの帰属欲求を感じたり、ユーザー同士が連帯感を感じたり、またはユーザーが使命感を感じたり、またはユーザーがその企業から「必要とされている」と感じることのできるようなインセンティブです。やはりあくまでも、「ユーザーの活動を支援する」という形でのインセンティブがふさわしいでしょう。

こういったインセンティブを用意するのは実際のところ難しいものだと思いますが、しかし、ユーザーコミュニティを使ったマーケティング活動を成功させている企業を見ると、不可能ではない、と思わせられます。世界的なところでは、Apple User GroupsHOG(HARLEY OWNERS GROUP)などは、典型的な成功例で、企業はコミュニティの活性化に投資しており、その結果大きな利益を上げることに成功しています。

アップルやハーレーほど大きくない例では、日本のカード決済代行大手のゼウスなども、顧客であるネットショップオーナーや、代理店であるウェブシステム開発会社などを招いて定期的に会合(実質は飲み会)を開いていますが、これも、ネットショップや開発会社が持つノウハウをコミュニティ内に流通させたり、日本のEC業界を活性化させたいというコミュニティの使命感を高めたり、またはゼウスを含めたコミュニティの連帯感を高めるようなことに成功しており、その結果、ゼウスは顧客の囲い込みと市場の拡大を効果的にしています。このゼウスのミーティングは会費制であり、メンバーの参加は自己負担です。実際には、ゼウスは場所のセッティングや告知などの雑事を一手に引き受けており、ゼウスの負担は明らかに他のメンバーよりも高いのですが、ミーティングへの参加を会費制にすることで、メンバーが平等であるかのような雰囲気が生まれ、誰もゼウスに遠慮はしません。また、自費で参加することによって、参加者はあくまでも「自発的に」そこに参加していることが保証されます。こうした配慮は、ユーザーコミュニティの運営には不可欠なものだと僕は思うのです。

また、今回の「gooサポーターズ・ミーティング」では、とても素敵な記念品をいただいたのですが、これは「goo特製フォトスタンド」で、もうモノ自体は非の打ち所のない素敵さなのですが、残念ながらこれは、「持ち歩いて自慢してまわる」ようなことに適しません。この点は記念品として残念なところです。このようなケースで参加者に贈られる記念品のよくある例は、ペン、ノート、携帯ストラップ、ステッカー、Tシャツなどが典型ですが、これらはいずれも常時持ち歩き、話題を振りまくことができるとともに、贈られたユーザーは、それを身につけることによってユーザーグループへの帰属を自ら表明し、連帯感や絆を強める働きをします。こうした宣伝や帰属としての意味を持つ物品であれば、贈与を受けてもユーザーは「ギブ・アンド・テイクだ」ということを直感的に理解しますので、それほど遠慮はありませんが、今回の素敵な記念品にはその雰囲気はあまり感じませんでした。単なる贈り物のような感じがして、さらにそれが素敵すぎて、ちょっと恐縮してしまうのです。

とまあ、おそろしく長文になってしまいましたが、僕は可能であれば今後もこの「gooサポーター」としての活動を続けていきたいと考えています。しかしそれは、僕や他のメンバーが「好き勝手なことを言える」、「好き勝手なことを言いやすい」状況が確保されることが前提となります。もちろん、僕にしても他のメンバーにしても、そうした活動の背景には「gooが好きだ」「gooを応援したい」という気持ちがあってのことですので、好き勝手を言いまくったとしても、そうする人が多ければ多いほど、大きな問題にはなりにくいと思うのです。「gooサポーターズボード」に限らず、この種のユーザーコミュニティを使ったマーケティング活動を行おうとする(または行っている)企業には、是非とも考慮していただきたいところです。

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