Web上のコンテンツを作るとき、それがSEOを意識したものであるときには特に「そのコンテンツは検索者の問題を解決するか」という視点を忘れちゃいけないですよね、という話。
僕たちは一人のユーザーとして、毎日数え切れないほどの検索を行います。そして、その検索のほとんどすべては調べ物です。知らないことを知るために、検索して調べる。
もちろん、何か製品なりサービスなりを購入することを前提に検索することもあります。しかしこのような場合であっても、どの製品なりサービスなり販売店なりが自分に合っているのかを調べるために、自分と似たような消費者が発信する情報を検索しているのであって、やはりやっていることは調べ物が大半です。
SEOとかが好きな人はよく、検索は購買につながりやすい、とか言いますけど、僕は今日も昨日も今週も先週も数え切れないほど検索しましたが、何も買ってません。調べ物しただけ。だいたいみんなそんなもんだと思います。
で、検索して、必要を満たしてくれる情報を発見できたときには、その情報の提供者には感謝し好意的なイメージを持ちます。興味があり頻繁に検索を繰り返すような分野で、何度も同じサイトから有用な情報が得られたときには、僕はそのサイトを記憶しますし、それがさらに続くなら、どこかのタイミングで、そのサイトをブックマークしたり、RSSを購読したりします。
同様に、必要を満たしてくれないページを誤ってクリックししてしまったときには、落胆し、軽い苛立ちに近いような感覚を持ったりします。興味があり頻繁に検索を繰り返すような分野で、何度も同じサイトで落胆するようなら、僕はそのサイトを記憶し、二度と訪れることのないように注意します。
ひるがえって、検索される側、コンテンツの作り手として自分たちのことを見てみると、僕たちのコンテンツはそうやって検索者から評価され続けているわけです、検索結果に表示される限り常に。
検索結果に表示されるということは、言い換えれば、検索者から選ばれ評価される場に晒される、ということでもあります。どんな評価を受けるかというと、まず、そのリンクをクリックするかどうかの評価。その評価をクリアし、クリックされることに成功した後は、そのページの情報が検索者の求めているものと合致しているかどうかの評価。
そして、そうした評価の結果は、どのサイトに満足し、どのサイトに落胆させられたか、という形で、検索者に記憶されます。これはつまり、検索を通じたブランドとのコミュニケーションが、検索者に記憶されていくということに他なりません。検索結果に露出するということは、(たとえクリックされなかったとしても)それ自体が検索者とブランドとのコミュニケーションの機会となっているんですね。
このように、検索結果への露出が検索者とのコミュニケーションの機会になる、という観点を取り入れるなら、検索キーワードを意識してコンテンツを作るとき、検索者の視点に立って「そのコンテンツは検索者の問題を解決するか」ということをよく考えたいものです。
というのも、たいていの企業は、自社の製品なりサービスなりが消費者の問題を解決する、と考えていて、それらを売り込むことは消費者の役に立つものと信じています。これ自体はとても自然なことであり問題はありません(むしろ消費者の役に立たないと思っていたらその方が問題)。
しかし、だからといって、売り込みのコンテンツばかりを露出させることが常に検索者の問題解決につながるかというと、そうとは限らないわけです。
Web上では、売り込みよりもむしろ、検索者の情報問題解決の助けになるようなコンテンツを多く露出したほうが、検索者からは「問題を解決してくれるサイト」「解決策をたくさん知っている会社」として認識され、結果的には得をするのではないか、というのが僕の考えです。
コンテンツ作りに際しては、それが検索経由での露出を狙うコンテンツであるならば特に、「そのコンテンツは検索者の問題を解決するか」という意識を忘れないようにしておく、というのは悪くない指針だと思います。いかがでしょうか。
